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    <title>検索力ってどうよ？</title>
    <link>http://shokuto.com/doyo/</link>
    <description>情報教育の観点から「検索力」について考えるサイト</description>
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    <language>ja</language>           <!-- valid langugae goes here -->
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    <copyright>Sunami Hokuto All Right Reserved</copyright>             <!-- Copyright notice -->
    <category>Weblog</category>
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      <title>検索力ってどうよ？</title>
      <link>http://shokuto.com/doyo/</link>
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    <item>
 <title><![CDATA[教科書からではなく実体験で学んでほしい]]></title>
 <link>http://shokuto.com/doyo/index.php?itemid=23</link>
<description><![CDATA[<p>カンファレンスの分科会では、検索について発表された方が私以外にもおられました。特に八王子の先生方がされていた発表は、検索力の調査のみならず、学習者に渡す教科書を実際に作られていて、その真剣度というか熱意を強く感じました。いろんな人が少しでも検索について考えてもらえるとうれしいですね。</p>
<p>このサイトを見た同僚いわく「もっと具体例を出して説明していかないと、多くの教師にとってピンと来ないのではないか」とのこと。確かに多くの教師に伝えていくには、教科書や参考文献のようなメディアで具体例を示していく形がいいのかもしれません。でも私個人としては、そのやり方はあってもいいけれども、ベストなのかどうか・・・という思いがあります。</p><p>認識も技術も知識も様々な教師に対して効果的に何かを伝えるには、確かに教科書的なものはベストでしょう。でも、教材を配布してしまうと、結局はその枠からはみ出しにくくなるんじゃないかという懸念があるのです。</p>
<p>ひとつは情報の鮮度の問題です。知識や操作方法の解説は古くなりますし、常識だってがらっと変わっていくのがネットの世界です。（あるかどうかは不明ですが）改訂版を読み続けるか、何らかの形で自分でアップデートしていかなければならないのが、ネットにまつわる知識です。</p>
<p>もうひとつは、ネットに対する認識、検索に対する考え方は、正解がひとつではないということです。私は発表で検索エンジンの比較の例を出しましたが、そのことを「検索エンジンを使い分けましょう」という主張だと捉えた方もあったかと思います。私自身は主張にするつもりまではなかったのですが、「検索エンジンの使い分けだけでは情報リテラシーとして不十分」とか「Googleに頼らない新たな検索手段の模索」とか、様々な意見が質疑の時間で出ました。こんなふうに、どうすべきか、という意見は多様であり（その瞬間瞬間で現実的な手を打ちながらも）考え続けていくべきことなのです。</p>
<p>その意味でも、教科書から得られる固定的な知識としてではなく、実体験を伴う思考の一連の流れとして、検索やネットについて教師は学んでいってほしいと思うのです。現実は教科書の中ではなく、ネットの世界にあるのですから。学習者に教えるときも、教科書から現実へ目を向けるよう促していくべきではないでしょうか。</p>
<p>ネットと検索というテーマは、何も情報教育者だけの問題ではありません。これからの社会に深く関わるテーマであるからこそ、誰もが常に頭の隅に留めておくべきことだと思います。もはや、苦手だから、教科書がないから、などといって避けて良いものではないと思うのです。</p><p>私が「とにかく楽しんで使ってみてください」と最後に言ったのは、自分自身の身近な問題として捉えてほしいという思いからに他なりません。それは、現実を自分の目できちんと捉え、新しい領域にチャレンジしていくことこそ、今の教師に求められることだと思うからでもあります。</p>]]></description>
 <category>6. もっと、検索力ってどうよ</category>
<comments>http://shokuto.com/doyo/index.php?itemid=23</comments>
 <pubDate>Sun, 20 Aug 2006 22:19:00 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[ネットを理解しなければ検索力はつかない]]></title>
 <link>http://shokuto.com/doyo/index.php?itemid=22</link>
<description><![CDATA[<p>検索サービスの使い方は、単純に言えば「検索キーワードを考えて入力し検索ボタンを押す」だけです。ですがこの「検索キーワード」を考えつくのは非常に難しい作業です。欲しい検索結果が返ってこない場合の多くは、この検索キーワードがまずいか、検索条件（and検索やor検索の指定や、他のキーワードとの組み合わせ）がまずいか、のどちらかでしょう。</p>
<p>確かに、検索を何度も繰り返すことで学習していくことはあります。時間が経つにつれ、自然に適切な検索キーワードを使えるようになる、という側面もあります。でも慣れだけではないのです。検索対象であるネット上の情報は、どのような形をしていてどう並んでいるか、それを理解することが不可欠なのです。それは辞書や辞典の使い方をマスターするのと全く同じことです。</p>
<p>発表で私は「大学生はひととおり検索ができるというが、検索力のある人から見れば、普通の大学生の検索力など全くダメ」という趣旨の話をしました。この話に頷いてくださった方もおられました。私は検索力がある方ではないと思っていますし、上には上がいてキリがないというのは事実です。しかし、ある人が検索をうまく使えているかどうかは、検索力を十分持っている人でなければ判断しにくい、というものです。少なくとも、検索の際に選択肢をいくつも用意している自覚のない人は、検索上手ではないと思います。そして多くの大学生は、そういうレベルではないでしょうか。</p>
<p>検索力をつけるための教育は、ネットそのものを理解するための教育に他なりません。そう考えると、所詮慣れだなどと言って学習者を放置するのではなく、検索力の育成にもう少し時間をかけるという選択肢も出てくるのではないでしょうか。ただ漫然とたまにネットを使うぐらいでネットの理解が十分なら、こんな話は問題にならないはずですし、教えるのに困るということもないはずですから。</p>]]></description>
 <category>1. 検索力とは何か</category>
<comments>http://shokuto.com/doyo/index.php?itemid=22</comments>
 <pubDate>Wed, 9 Aug 2006 22:25:56 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[メディアリテラシーとGoogle]]></title>
 <link>http://shokuto.com/doyo/index.php?itemid=21</link>
<description><![CDATA[<p>Googleの検索エンジンが私たちの情報に大きな影響を与えているということを、CNET Japanの記事で森祐治さんは「Googleは私たちの思考の枠を規定する」と表現しています（主な該当箇所は２ページ終わりから３ページ中盤まで）。</p>
<ul>
<li><a href="http://japan.cnet.com/column/mori/story/0,2000055916,20096182,00.htm">思考の枠を規定するグーグル - CNET Japan</a></li>
</ul>
<p>膨大な情報の海をサーチし適当なものをピックアップして貼り付ける、という手法は、デジタル社会を象徴するようなアウトプット方法といって良いでしょう。実際、最近の若者はこの手法に長けていると言われています。</p>
<p>Googleが出現する以前から「自分の頭で考える事の大切さ」といったことは教育の現場で何度も言われている事です。テレビがそう言っていた、偉い大学教授がそう言っていた、新聞にそう書いてあったからといって、疑ってみたり検証してみたりすることを止めてはならない。まさにメディアリテラシーと言われることです。ただ、以前と状況が変わってきているのは、Googleというツールの出現によって、自分から能動的に何かを調べることがより容易になったということではないでしょうか。だからこそ、ツールに依存する傾向も加速しているように思います。</p>
<p>これからますます様々な大量の情報が流通するようになり、（制度や質を気にしなければ）それを手に入れるコストも限りなくゼロに近くなるでしょう。それは私たちが望んできたことでもあるのです。「何らかの情報は手に入る」ということは前提であり、その情報に対して自分はどんなスタンスをとっていくのかを常に意識しなければならない時代だ、と言えるのではないでしょうか。</p>]]></description>
 <category>4. 取捨選択のアルゴリズム</category>
<comments>http://shokuto.com/doyo/index.php?itemid=21</comments>
 <pubDate>Sun, 6 Aug 2006 16:24:03 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[発表をお聞きいただいたみなさんへ]]></title>
 <link>http://shokuto.com/doyo/index.php?itemid=20</link>
<description><![CDATA[<p>発表では、<a href="http://shokuto.com/doyo/skins/doyo/yoko06pcc.pdf">予稿集</a>に書いた内容の一部について具体的な例を挙げていく、という形をとりました。発表の締めとして最後に「とにかく自分がネットの様々なサービスを使ってみることが、検索力をつける第一歩です」ということも言いました。予稿集では問題提起のみだったので、これを私の一種の結論と捉えた方も多かったかと思います。</p>
<p>当日のご質問や発表後にいただいたコメントには、「結論としての主張としては言い足りない感がある」といったものがいくつかありました。確かに、<a href="http://shokuto.com/doyo/skins/doyo/pdf2006pcc.pdf">発表用のスライド</a>を改めて読み返すと「論をある程度展開しておきながらオチがずっこけている」ような感じもします。しかし、これはある程度狙い通りでもあるのです。</p>
<p>当日質問をくださった方は、検索力もある程度持っている、ネットへの理解も浅くはない方なのではないか、と勝手に想像しています。そういった方にとっては、私の話は目新しくもなかったでしょう。情報リテラシーという問題に対しても、自分なりの考えをすでに持たれているのではないかと思います。そんな方は、もう議論が十分にできる状態であるという意味で、私の発表の対象からは卒業されていると考えています。これは、悪い意味ではなく、です。</p>
<p>私の発表は、情報教育に関わる教師の何割かはネットへの理解が不十分なのではないか、ネットサービスの利用経験が少ないために偏った認識を持ったままでいるのではないか、という危惧が出発点です。そういう状態の教師は、ネットの負の側面を必要以上に声高に語ったり、過度に不安がったり敵視したり、あるいはネットについて語る自信がなく消極的になっていたりするのではないでしょうか。そういう教師にこそ、この発表を聞いていただき、ネットへの理解を深めてもらい、適切な議論ができるステージに進んでもらいたい。そういう願いがありました。</p>
<p>ですから、私の発表を聞いた直後に思考を巡らせることができた方は、ぜひいっしょに、情報教育のあり方について語り合いたいと思っています。それが最終的な私の目的なのですから、大歓迎です。でも、あの発表でその語り合いをすることを私は選択しませんでした。発表の聞き手、PCカンファレンスに参加している方の何割かは、その語り合いが適切にできるステージにまだ来ていないと、私は推測しているからです。そういう方たちに向けた発表を考えたのです。</p>
<p>私は発表では、方法論や考え方はあえて言いませんでした。そういった結論めいたことを言ってしまうと、その言葉が一人歩きしてしまう恐れを感じたのです。つまり、主張の背景や話し手の理念が伴わないまま、何かの教科書的な「正しいやり方」として、ネットに対して理解が十分でない方にまで広まるのでは困ると感じたからです。情報リテラシーの問題は、正解が決まっているものではなく、各々の理念をつきあわせて考えていくものです。具体的な教育実践もまた、現場の文脈によって多様に形を変えていくべきものです。教案を配布すれば事が済む、というものではありません。ですから、議論の場を保証せずに意見を声高に叫ぶことによる悪影響を避けたかったのです。百マス計算の背後にある理念を理解しないまま、成果にのみ目を奪われ意味もわからずシートを学習者に配るような教師を生みたくはありません。（もっとも、私は陰山さんと違って何の知名度もないので、それは心配し過ぎなのでしょうが）。</p>
<p>２ちゃんねるの多くの側面を見ずして「悪の巣窟」と批判ばかりしたり、YouTubeの時代性を考えずに「ただの著作権侵害サイト」と切り捨ててしまうのは、私は適切でないと思っています。あの場で質問をしてくださった方には、きっとそんなことは杞憂でしょう。でも、現職教師と大学生とでネットの話が噛み合ない例を、PCカンファレンスで何度も見てきました。だからステージを下げる判断をしたのです。</p>
<p>でも発表の場で、次のステージの議論の先端を持ち出してくださったことは、場にいた方にとって非常に良い刺激になったと思います。議論をさせてもらえず物足りなかったかもしれませんが、みなさんの発言には大きな意味があったということで、ご理解いただきたいと思います。</p>
<p>私の推測と試みがどの程度適切だったのかはわかりません。私の勝手な思い込みで、聞き手のみなさんにとって失礼な態度だったかもしれません。みなさんが何を感じられたのか、私はぜひともお聞きしたいです。どんなささいなことでも構いませんので、メールをいただけると嬉しいです。</p>
<p>そして、願わくば次のカンファレンスでは、議論のステージにいきなり入っていけるような、そんな展開を期待しています。そのためにも、私自身を含めたみなさんが、刻一刻と変化していくネットを少しずつでも理解し続ける努力を、楽しく続けていければと思うのです。</p>
<p>本当に、ご清聴ありがとうございました。</p>]]></description>
 <category>6. もっと、検索力ってどうよ</category>
<comments>http://shokuto.com/doyo/index.php?itemid=20</comments>
 <pubDate>Sat, 5 Aug 2006 23:47:33 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[謝辞]]></title>
 <link>http://shokuto.com/doyo/index.php?itemid=19</link>
<description><![CDATA[<p>2006PCカンファレンス分科会での発表は、みなさんのおかげで無事終了することができました。立ち見の方も出るほどお集まりいただき、また発表後もご質問が相次ぐという、発表者冥利に尽きるものでした。本当にありがとうございました。</p>
<p>ご紹介できなかった情報や、更なる補足説明、十分にお答えすることができなかった質問に対する回答を、順次このサイトに追加していきます。また時々見に来ていただければ嬉しいです。</p>
<p>私の発表内容は特に珍しいものではありませんし、ウェブと教育に関わる者のひとつの見方にすぎません。大切なことは、この発表で見聞きした小さなことをきっかけに、みなさんが実際にネットを活用する機会を少しでも増やし、その体験をふまえたうえで様々なことを考え、議論していただくことだと思います。</p>
<p>ネットおよび検索に対する議論が深まるよう、私もできるかぎりの協力をしていきたいと思います。質問でも意見でも何でも構いませんので、お気軽にコメントやメールをいただければ幸いです。</p>]]></description>
 <category>6. もっと、検索力ってどうよ</category>
<comments>http://shokuto.com/doyo/index.php?itemid=19</comments>
 <pubDate>Sat, 5 Aug 2006 20:07:59 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[「正しい情報」って何ですか？]]></title>
 <link>http://shokuto.com/doyo/index.php?itemid=18</link>
<description><![CDATA[<p>さらに言えば「教師の隠し持っている正解を学習者に当てさせるような調べ学習」では、インターネットを使った調べものの特性は生きません。ほとんど意味がない、と強く言ってもいいでしょう。</p>
<p>「太陽はどの方角から昇るかを調べましょう」というタスクがあったとして、書物からその答えを導くのに必要なことは、正確な記述がなされている書物を探すことです。教科書はその典型です。権威のある百科事典もいいかもしれません。本当にその情報が確かであるかどうかは、簡単には調べられません。教師や社会のお墨付きがあるものが「正しい」と考えるのが早道です。</p>
<p>サイトで言えば、情報量が多いとか、プロっぽいデザインであるとか、有名な人や会社が制作・運営している、といった要素が判断基準となるでしょうか。怪しげな個人ブログの情報は参考にしてはいけません。２ちゃんねるなど問題外です。だから「このサイトで学習者に調べさせよう」となったりするのではないでしょうか。</p>
<p>サイト内検索の仕方や、サイトそのものに慣れる目的ならともかく、インターネット上の膨大な情報を検索して答えを見つけるような活動であれば、次々と湧いてくる情報を適切に価値判断することが、何より重要になります。「正解」というもの自体、教室活動において教師が設定したゲームのゴールにすぎません。</p>
<p>インターネットでの調べ学習で、学習者に何を探させていますか。「正しい」ではなく「適切な」情報を探すのだということを、十分にふまえたうえで活動を組み立てていますか。情報リテラシーの育成とは切っても切れない活動であるからこそ、調べ学習は再考される必要があると私は思います。</p>]]></description>
 <category>3. 正解のない検索</category>
<comments>http://shokuto.com/doyo/index.php?itemid=18</comments>
 <pubDate>Wed, 2 Aug 2006 15:59:19 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[あなたにとってシンプルな検索サイトは？]]></title>
 <link>http://shokuto.com/doyo/index.php?itemid=17</link>
<description><![CDATA[<p>Googleが登場したとき、私を含め多くの人はその画面の素っ気なさに驚きました。検索サイトとしては先輩にあたるYahoo!がカテゴリ項目だらけの賑やかな画面なのに対し、Googleは検索語入力フォームとロゴのみというストイックな画面。当時まだ回線が太くない環境でネットをしていた私にとっては、ポータルサイトとして肥大化していくYahoo!のトップページの重さが気になっていました。でもGoogleは待つことなく表示され、さっと検索ができる。これぞ、シンプル・イズ・ベスト！だと思いました。</p>
<p>しかし「Yahoo!はGoogleよりシンプルだ」という見方もあるのです。詳しくは（私の個人ブログのエントリーなのですが）<a href="http://blogsowhat.jugem.cc/?eid=308">「with Computer | Yahoo!はGoogleよりシンプルだという見方」</a>をご覧ください。要は、何かを見つけるという結果に対して、探したいことが明確な場合はGoogleが、なんとなくウィンドウショッピングをして情報を見つけたい場合はYahoo!がシンプルである、というものです。</p>
<p>私がテーマとして掲げている検索力は、Yahoo!カテゴリのようなカテゴリ一覧をクリックして情報に到達するものではなく、検索窓に文字を入れて情報を探すやり方が対象です。しかしこのやり方は、ある意味で検索にアクティブな姿勢の方なんですね。みなさんの日頃する検索は、どちらが多いでしょうか。そしてそのやり方で辿り着ける情報にはどんなものがあるのか、どんな場合に有効なのか、そんなことを考えてみるのも面白いかもしれませんよ。</p>]]></description>
 <category>6. もっと、検索力ってどうよ</category>
<comments>http://shokuto.com/doyo/index.php?itemid=17</comments>
 <pubDate>Tue, 1 Aug 2006 23:35:27 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[２ちゃんねるってどうよ？]]></title>
 <link>http://shokuto.com/doyo/index.php?itemid=16</link>
<description><![CDATA[<p>時々いらっしゃるのが「２ちゃんねるなんて大嫌い！見たくもありません」という教師です。別に嫌いなのは全く構いませんが、２ちゃんねるのことをほとんど知らないで、漠然としたイメージや偏った知識で食わず嫌いになっているのだとすれば、それはちょっとどうかなぁと思います。</p>
<p>確かに２ちゃんねるはダークな印象の強い匿名掲示板です。教育的にも良いとは言えない情報が飛び交っています。学校の先生などは、学生が２ちゃんねるを閲覧する、あるいは書き込むことでトラブルを引き起こす（巻き込まれる）ことを心配されていることでしょう。確かにネット社会の闇の部分、危険な世界であると思います。</p>
<p>ただ、全ての情報がそういったダークな話であるかというとそうではなく、健全で有益な情報交換のコミュニティが成立している例も少なくありません。私は２ちゃんねる通ではないので詳しく紹介できる立場にはないですが、一例を挙げますと、個人的には「サッカー実況板」と呼ばれるものをよく見ています。ここでは、テレビ中継されていないような試合でも、試合を観ている人がその様子を実況中継してくれているのです。もちろん試合に対する感想や意見なども随時書き込まれ、映像はなくてもなかなか楽しめます。</p>
<p>２ちゃんねるの情報は、読み手に高いメディアリテラシーを要求します。誤った情報や悪意を持った書き込みも頻繁に見られれますし、特有の言葉遣いには知識がないと意味すらつかめません。書き込むとなるとさらに高いハードルがあり、掲示板の種類にもよりますが、他のサイトに比べコミュニティの中に入って行きづらい状況なのが普通です。</p>
<p>大切なことは、避けるにしろ深く入るにしろ、これも社会の一部であり貴重な情報ソースであるということを理解することではないでしょうか。見聞きした断片的な情報でいたずらに避けるだけでは、よく確かめもせずに妄信してしまうことと同じです。教育者なら、危険（とそうでないポジティブな部分）を自分の目で確かめる必要もあるのではないでしょうか。</p>]]></description>
 <category>5. 検索力ってどうよ、の理由</category>
<comments>http://shokuto.com/doyo/index.php?itemid=16</comments>
 <pubDate>Tue, 1 Aug 2006 00:40:59 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[Googleから消されたサイト]]></title>
 <link>http://shokuto.com/doyo/index.php?itemid=15</link>
<description><![CDATA[<p>検索エンジンの筆頭Googleのデータベースには大量の情報が日々蓄積されていますが、このデータベースから削除された、つまりGoogleで検索してもヒットしないように（Googleによって）されたサイトもあります。検索エンジンスパム行為と呼ばれる、Googleの規約に反するような作りのサイトは、Googleのデータベースに登録されないということです。現在は復活しているようですが、ドイツのBMWのサイトがその一例です。詳しくは以下の記事をご覧ください。この記事の最後には他のサイトへの参照リンクがあるので、そちらも併せてどうぞ。</p>
<ul>
<li><a href="http://neta.ywcafe.net/000531.html">ＢＭＷドイツ本社のサイトがgoogleから消された｜Web屋のネタ帳</a></li>
</ul>
<p>どういうサイトの作りにするとこうなるのかは、技術的な話なので置いておくとして、大切なのは、私たちが探しているサイトであっても、Googleがこのような処置を行えば検索からそこに行き着ける可能性はかなり低くなる、ということです。Googleがこうした処置を行う理由は、検索精度を上げるため、つまりユーザーのためだとしています。Googleも商売ですから、多くのユーザ−がそっぽを向くような検索結果を返さないよう、その検索精度と使い勝手を向上させていくでしょう。でも、Googleはネット上の情報を見えなくすることすら可能であるという現状を、私たちは忘れてはいけないのです。</p>]]></description>
 <category>4. 取捨選択のアルゴリズム</category>
<comments>http://shokuto.com/doyo/index.php?itemid=15</comments>
 <pubDate>Sun, 30 Jul 2006 17:27:43 +0900</pubDate>
</item><item>
 <title><![CDATA[Googleに聞けば何でもわかる？]]></title>
 <link>http://shokuto.com/doyo/index.php?itemid=14</link>
<description><![CDATA[<p>インターネット上の情報量とその多様さには常々驚かされますが、検索ビジネスの先頭に経つ企業であるGoogleは「2009年にはおそらく“人類の知”と呼ばれる分野のデータは全て検索可能になるだろう」と言っています。これは、2006年1月「INTERNET Watch 10周年記念シンポジウム」での、グーグル株式会社社長の村上憲郎社長のコメントです（INTERNET magazine 2006年５月号 p.31）。</p>
<p>実際にそれが実現するかどうかはともかく、検索が私たちの日常生活に与える影響は日に日に高まってきています。Googleをはじめとするウェブ検索が使えなくなるとしたら、ネット上のほとんどの情報資源は活用できなくなり、仕事はもちろん日頃のちょっとしたことにも不便を感じることでしょう。このことは、GoogleやYahoo!に私たちが相当に依存していることの表れでもあります。</p>
<p>私たちがネットを活用するうえで、こうした検索サービスに頼らないという選択肢はないと言っていいかもしれません。でもだからこそ、検索サービスによって、インターネットという限定された世界の情報をさらにフィルタリングしているのだ、という自覚を常に持ち、「Google以外」あるいは「ネット以外」という選択肢を頭に描くことを忘れないようにする必要があります。Googleは神様であって、神様ではないのです。</p>]]></description>
 <category>4. 取捨選択のアルゴリズム</category>
<comments>http://shokuto.com/doyo/index.php?itemid=14</comments>
 <pubDate>Sun, 30 Jul 2006 16:30:50 +0900</pubDate>
</item>
  </channel>
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