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情報発信が当たり前の時代における教育は?

多くの人たちがブログで個人的な見解を発信するようになる。すでにその形はネット上にはっきりと表れてきていますが、そうして発信される個人の意見が以前より大きな力を持ってきている、と言われています。

HTMLベースの普通の個人サイトは、これまでも星の数ほどありました。ごくまれに有名所に成長する個人サイトもありましたが、多くのサイトは「取るに足らない小さな声」でしかありませんでした。しかし、ブログの普及でその状況が変わってきています。

ためしに「尼崎脱線事故」というキーワードでGoogle検索してみましょう。2005年08月14日15時時点での検索結果では、トップが共同通信社のサイト、以下YOMIURI ONLINEasahi.com神戸新聞Yahoo!ニュースと続きますが、6番目の「bitter tears...」は個人のブログです。7番目はちょっと特殊ですがシステムとしてはブログの一種、9番目は爆笑問題のブログで、以下軒並み個人ブログが続いていくのがお分かりかと思います。「尼崎脱線事故」というニュースサイトが多く引っかかりそうなキーワードでも、これだけブログが上位に食い込んできます。キーワードによっては上位10件全部がブログということもあります。ぜひ試してみてください。

ブログが検索エンジンと親和性が高い(検索で上位に表示される)のは、ブログのシステム的な問題であり、当分はこの状況が続くでしょう。情報を求めて検索するとブログがたくさんヒットしますから、ブログを読む機会が多くなり、ブログに書かれている情報を利用することが増えてきます。結果、人々が有益に思う情報は、なにも企業やマスの発信する情報に限らなくなっていくわけです。

以前なら、ある商品が売れるのはマスメディアによる広告の影響が大きかったのですが、最近はブログで話題になることも重要だと言われています。製品名を入れて検索した時、製造元の公式ページがトップに表示されるのは重要なことです。しかし、より好ましいのは、その商品を好意的に話題にしているブログがたくさんヒットすることなのです。

個人ブログは基本的に広告ではありません。個人の率直な感想が書かれることが多いため、その視点や評価の内容は様々です。そうした様々なブログを読み進めるうち、自分と価値観の近い人が強く勧めている商品や、視点は異なるが多くの人が評価している商品は、価値があるのではないかと思えてくるわけです。広告は売るために褒めていることがわかっていますから、純粋な感想での評価より信憑性が低いとも取られるわけです。商品名で検索をする人は、その時点で商品に高い関心を持つ人です。ですから売上を左右しやすいのです。

ブログの世界にも、もちろんカリスマブロガーという人が存在します。それはブログ出現前のネットと同じです。知っておくべきことは、名もない個人の声が思わぬ形で多くの人の目に留まり、取り上げられ、影響力を持つ可能性が高まったということです。たかが個人サイト、という評価が簡単にはできなくなってきているのです。

個人が情報を発信することが容易になり、絶対的な数も増え、またその情報の持つ価値も上がってきるのが今のネットの現状です。放送局がモラル等の規制を持っているように、ネットで情報発信をする際の心構えを教育すべきかどうかは、意見の分かれる所かもしれません。

しかし大切なことは、多くのユーザーが情報の受信者だけでしかなかった昔と違って、今や誰もが情報の発信者であるということを教育者は意識しておくべきだ、ということです。ホームページの作り方だけ無責任に教えて終わり、ではいけないと私は思います。情報の発信者になることは、ネット社会により深く関わり、社会を構成していく一人として重要な立場に立つことだとも言えます。そこに教育の必要性はあるのか、ないのか。教育関係者はそのレベルから考える必要があるのではないでしょうか。

ホームページの「いま」ーブログ分析 | 2005-08-14

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