違う点を挙げるとするならば、世界の見え方です。リアル社会に危険が存在するように、ネットの社会にも危険は存在します。ただネットの社会は、危険な場所や危険な誘いがリアルな社会よりむき出しになっている気がします。危険な職業、危険なイベント、危険な場所というのは、現実社会では多くの人が認知しています。そして必要がなければ危険に近づかない、というのが自分の身を守る術になります。危険を知らない、あるいは危険を感じ取る術を十分に持ち得ていない子どもに対して、親は何かしらの教育をするでしょう。例えば「あそこは危ないから行っちゃダメ」「知らない人についていっちゃダメ」というように。
ネットの世界にも、危険は数多く存在します。コンピューターを勝手に操作したり、個人情報を抜き出したり、リアルな犯罪に陥れたり、精神的ダメージを与えたりといったことです。ネットのヘビーユーザーはそれを知っているから、被害に遭いにくいし、危ないよと人に警告をすることができます。問題なのは、リアルな社会と違い、親や教育者が危険をよく知らないことと、その危険を含めた場所に誰でも比較的簡単に行くことができるネットの特性です。
リアルな社会で親が子どもを守るのは義務、ならばそれはネット社会でも同様ではないでしょうか。ネット社会の危険を具体的に知ること、その危険から子どもを遠ざけようとする教育をすることが、まずひとつ。「私はコンピューターとか携帯とかわからないから・・・」では絶対ダメです。社会は変わっていくのだから、教育も変わっていかなければならない点があるのです。ネット社会の急速な発展、という同情すべき点もありますが、逃げてはダメです。
クリックひとつで瞬時にそこへ行けるというネットの特性。しかしその利便性は同時に、その行き先がテクノロジーでカモフラージュされて気付きにくかったり、知らない間に事態が進行していたり、リアルな社会の慣例が通用しにくかったり、といった難しい面も持っています。危険を察知するスキルが十分でない子どものために、例えばフィルタリングソフトを使ってアクセス制限をかける、あるいは親と一緒にネットを利用するというのもひとつの手でしょう。
ただ、自分自身がその被害者になるかは別にして、クリックの先の結末をできるだけ具体的な形で知る、というということも大切なのではないでしょうか。アダルトサイトでブラウザのウィンドウを無限に開かされる経験をした人は、怪しいリンクのクリックを警戒するようになるでしょう。URLやステータスバーの表示にも注意するかもしれません。痛い経験だけでなく、そこに技術的な知識も加われば、ネット社会をより安全に渡っていける可能性は高まります(もちろん、被害が重大で経験すらためらわれる場合もあり、一概に体験を推奨することはできませんが)。
ネットとリアル社会を分離させるな! | 2005-12-12
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