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ネットは好きに使えばいいというものではない

最近大はやりのmixiですが、mixiのコミュニティを見ていると、その質問の仕方はまずいだろう、というような書き込みをよく目にします。情報量の不足とか、言葉遣いが失礼であるとか、全然過去ログを見てなさそうとか。あとせっかく返事が書かれたのに全くレスポンスがないとか。その書き込みをめぐっていろんな反応が起きて、時には口論になったりしてするわけですけども。

もっとも、そういったことは昔から掲示板で幾度となく行われてきました。そういう書き込みをしてしまう人は、掲示板を読み慣れていない、書き込み慣れていない、コミュニケーションの仕方を理解していない、というのが一因としてあるのでしょう。mixi加入者が右肩上がりで、ネット初心者もどんどん入ってきていることを考えると、今後もこの現象は減ることがないんでしょうね。

ネットの最低限のルールも守れないようなヤツはネットを使うな!という意見に対しては、初心者ユーザーにとっては腹の立つ言い草でしょうし、古株ユーザーからも「それは言い過ぎ」とたしなめられる類いの言葉ではあります。誰でも最初は初心者なわけですし、新参者を排除するような言い方は確かに良くないとは思います。

ただ、ごく一部のユーザの利用にとどまっていたネットを、学校教育で積極的に利用させるような時代になったのだからこそ、ネットに関するある程度の教育は必要だと思います。すでにそういう教育はいろいろと行われているわけですが、自分が傷つかないようにするための知識や、ネチケットのようなものばかりという気がします。そういう利用についての話だけでなく、もっと能動的にネットのコンテンツを作っていくための姿勢というか、ネットの世界を良くするのも悪くするのも参加者一人一人の意識しだい、ということを強調する教育があってもいいのではないでしょうか。

mixiのコミュニティは古くからあるネットの掲示板と同じように、ユーザーの助けあいによって成立しています。質問するのも答えるのも参加者の自由なので、参加者の意識がいい方向に向いていかなければうまく運用されていきません。もちろん書き込みを行うユーザーは全体の数%程度で、全員が目立った行動をとるユーザーであるわけではありません。でも質問に答えてくれる人たちの意欲を削ぐような無粋な質問や荒らし行為が重なれば、その人たちも含め参加者は離れていってしまうでしょう。結果、コミュニティは廃れ、mixi自体、ひいてはネットの世界そのものの価値が低くなることにつながります。もちろんこの逆のことも起こるわけで、すべては利用者次第なわけです。

みんなが一斉にアクセスするとサーバーがパンクするから順番を守って、というのは、利用者のシェアの精神がなければネットは成り立たないことを示す原始的な例です。今よりネットが貧弱だった時代からの利用者は、自身の経験からそういう感覚をきちんと持っていることが思いでしょう。ところが、最初から高速回線に余裕のあるサーバーという恵まれた環境でネットを始めた人にとっては、自分の環境が標準だと思い込んでしまったり、自分の行為が誰かに迷惑をかけることに思いが至らなかったり、という状況に陥りやすいのではないでしょうか。

ネットは利用者の心がけ次第で変わっていくメディアです。そこが難しいところでもあり、魅力的なところだとも思います。だから、ネットは自分の思うまま利用するだけではいけないんだよ、ということくらい、もうちょっと教育として語ってもいいんじゃないかと思いますが、どうでしょうか。

その他未整理の話題 | 2006-08-26

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