情報社会における(=ネットやコンピューターなどの)リテラシーとは何かと聞かれる機会があったのですが、私の回答は「オペレーションの先にあるものへ想像力であって、オペレーションではない」です。
想像力。それは「コンピューターやネットワークを使って生み出せるものをイメージする力」です。音楽、映像、グラフィックなどの作品は、いまやコンピューターでひとつで個人でもかなりハイレベルなところまで形作ることができます。インターネットを使えば、場所と時間を超えて多くの人と様々なコミュニケーションあるいはコラボレーションをすることができます。
大切なことは「きっとできるんじゃないか」とイメージすること。できると感じたら、手段を選べばいい。行き詰まったら解法を探せばいい。手伝ってくれる人を探せばいい。「どうしたらできるか」なんて、行き詰まってから考えればいいのに、なぜ「今すぐにできないかもしれない」といって尻込みするのでしょうか。
WordやExcelが使えても、PhotoshopやIllustratorが使えても、それで何か自分の思うものを生み出せなければ仕方がありません。生み出すためのオペレーションスキルは必要かもしれないけれど、それは自然に身に付いていくかもしれないし、誰かにオペレーションを肩代わりしてもらう選択肢だってあります。でも「何を作ろうとするのか」のイメージを描けなければ、何も始めることができないのです。
ここでいう想像力は、何も作品を生み出すことだけに限りません。それが実現することで、自分の何が変わり、社会にどんな影響を与えるのか、それをあらかじめシミュレートするスキルも想像力です。例えば、とあることをブログを書く前に、そのことをブログで公開することの意味を考える、社会的な影響の責任を考える、ということ。
情報機器は進化し、ネットワークはより高度になっていきます。インターフェースは進化し、処理のコストは軽減され、オペレーション時のストレスはどんどん減っていくはずです。それに伴い、不確かだったイメージがよりはっきりすることもあるでしょう。
そんな時代に、オペレーションスキルに関する議論を積み重ねるだけでは、社会を構成し創造していくリテラシーは備わりません。教育は、未来を拓く人を育てる挑戦であって、現在の社会の型にはまるロボットを組み立てる作業ではないのです。情報教育の一部の議論を見ていると、その先導的立場である教師が既に「コンピューターやネットワークの現実の後追い」的な発想になっている気がしてなりません。
その他未整理の話題 | 2007-02-25
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