シンポジウム2本目は「教える側と学ぶ側の壁」がテーマ。司会の大橋さん曰く「テーマに話が到達する前に時間になってしまった」のは、パネルディスカッションとして持っていきたい方向性に議論を限定できなかったからですが、それは良くも悪くもといったところでしょうかね。議論を限定してしまうと、そこに漏れたテーマで言いたいことがある人は救えないですし。それよりも、情報教育が抱えるテーマが幅広く、シンポジウムだけでそれを片づけることは無理というところじゃないでしょうか。
話が飛んでしまうのですが、今回私はイブニングトークを主催しました。参加者が事前に分からないというシステムは毎回改善を求めてきましたが、今回も相変わらず。申請してから当日までなんの連絡もなく、当日も会場の使い方等の指示もなし。「イブニングトークの位置付けが不明」という声も聞きましたが、確かに全体の中ではないがしろにされている企画なのでは、という感もあります。企画として実施するのであれば、きちんと成果の上がる方法を考えるべきでしょう。これでは主催者も参加者もやる気が出ません。
で、そのイブニングトークの私のセッションは参加者8名。思っていた以上に少なかったのですが、非常に良質な意見を聞くことができて、少なくとも私にとっては充実した時間でした。事前準備としてワークショップ的な体裁でやろうと思っていたのですが、実際はそんな余計なことなどせずとも、教育の本質的な話がどんどん出てきました。こういう方たちの話は、ここに来ていない参加者(特に情報機器に振り回されて教育の本質を見失っている教師)で共有すべきだと思うんですね。
話せる人が話せる機会を用意することは、すごく大切。やっぱり人は人の姿に心動かされるものですから。実際「イブニングトークは少人数の方がいいよね」という人も多いですし、自分の経験を出し合って何かを作っていく場というのは、これからも求められると思います。イブニングトークをてこ入れしてきちんとするか、あるいは少人数による教育的な(情報機器の扱い方の話じゃないですよ)ワークショップをするか。そうじゃないと、カンファレンスが「偉い人の話を聞くだけの場所」になってしまいます。積極的なコミュニケーションの場としてカンファレンスが認識されるためにも、大会主催側のアイディアが必要とされているのではないでしょうか。
で、シンポジウムに戻りますが、そういうイブニングトークやワークショップとうまく連携して、シンポジウムはシンポジウムらしいことができればいいなぁと思うわけです。シンポジウムの前にワークショップをいくつかやって参加者の意見を集約して、それをふまえてパネリストが議論するとかね。
あと、高校生や大学生の声が今回初めてシンポジウムで登場したと思うのですが、やっぱり歪んだ教育の被害(!)を受けているのは彼らの世代で、そういう世代の声は響くものがあると思いました。教育関係者は真摯に受け止めるべきだと思います。オトナはもうこれ以上逃げてはいけない。そういうメッセージに私は感じました。
2007PCカンファレンス関連 | 2007-08-19
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