PCカンファレンス2008 「お料理のコツ」と情報教育 発表資料

発表日時と場所

2008年08月07日 16:00〜16:30 慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス ι棟 23 にて

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予稿(PCC2008論文集収録のもの)PDF

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補足・謝辞など

予稿以外で当日お話したこと

質問に対する回答と補足

謝辞

予稿以外で当日お話したこと

(以下スライドの後半部分をご覧いただきながらお読みいただけると幸いです)私たちは、アプリケーションのメニューやマニュアルを全部覚えているわけではありません。でも、たいていの場合は問題解決に至りますし、自分自身もある程度「できる」という感覚を持っています。それは「記憶」ではなく「把握」という言葉で表せるような気がします。

知識要素の量が多さは必ずしも「できる」という感覚につながらないし、その感覚の根拠となるものは人によって違うように思います。個々の知識の要素を自分なりに結びつけ、自分の中で世界を構築していくことが、そうした感覚につながるのではないでしょうか。

となると、目指すべきは個々人が自分の中に感覚を持つことであって、すでに目に見えている知を伝達することではない、と考えられます。もちろん、知の伝達が感覚の創造につながることは多いでしょうが、知の伝達が達成目標ではないのです。

PCカンファレンスでの発表は今回で5回目になりますが、毎回言われるのは「もっと具体的な方法や例を挙げてください」ということ。そんなとき私は「そこは現場の関係者で考えを深めて生み出していただければ・・・」と返しています(その返答は不評ですが)。それは、発表の枠では時間がないので説明が十分にできないこと、具体的な実戦例は現場によって全く変わってくるので簡単には提示できないこと、私が「その思考こそが教育の醍醐味」だと思っていること、といった理由からです。でも今回は、私が思う「実践のヒントになりそうなこと」を2つだけ挙げてみます。

ひとつは「どんな方法があるのか?」を考えて柔軟な実践をする力を育むという視点です。段階としては例えば3つ。段階1は、与えられた環境、つまり授業で用意されたOS、アプリケーション、ネット環境、周辺機器、素材などを使って、教師に言われた通りのやり方ならできるという段階。授業で点が取れるだけということです。

段階2は、授業以外の環境や条件、すなわち現実に起こりそうな局面でも目的を達成できる段階。ネットが使えない状況とか、自分のコンピューターが使えないときとか、十分な素材が手に入らないときとか、現実にはいろいろあるはずです。そういう状況に置かれても結果を出すためには、選択肢を複数持っていないといけないでしょう。

段階3。これは、自分が納得するだけでなく、他者の評価に合わせて方法を選べるという段階。アウトプットに質よりスピードが要求されるとき、逆に環境を再構築してでもアウトプットの質が必要なとき、評価の視点に合わせた方法がとれるかどうか。あるいは、誰かに任せるケース(例えば教師が学習者にとか)や、いっしょにやる(スキルや知識の異なる仲間などと)場合に、自分がどんな役割を担うのかまで考えて選択肢を選べるという段階です。

授業でどの段階を意識するのかで、授業で扱うことも変わってきますよね。こうしたことも、カリキュラムなどを考える手がかりになるのではと思います。

もうひとつの視点は、個々のタスクについて「それってどんな意味があるのか?」と考えることです。こちらも段階としては3つあります。段階1は、教師の指示に単に従うだけ。先生がやれって言ったから・・・みたいなレベルです。

段階2は、ワークフローの中で個々のタスクの役割を考えられるレベル。後で加工するからこの保存形式でとか、ネットにアップするから軽く書き出してとか、あるいは加工に必要な素材はどこから調達しようかと考えることとか。前後のことを考えた上で、その工程の意味を理解できるかということです。

段階3は、もっと広く社会的な意味を考えられるか。例えば著作権の問題は、自分の今が良ければいいという問題ではなく、他者や社会への影響を考えないといけない問題ですよね。関係領域との連携や、座学と実習の橋渡しとして扱えそうな視点ではないかと思います。

以上、2点ほど例を挙げました。ほかにも様々なことが考えられると思います。

まとめです。学びにおいて大事なのは、教師がしたことではなく、学習者が学んだこと(感じたこと)ではないかと私は思っています。PCカンファレンスでも時折、アプリケーションの機能や授業活動や教材だけを取り出して是非を議論する姿を目にしますが、極端に言えばそれはナンセンスではないでしょうか。なぜならそれは、学習者が何を感じ、どんな世界観を描き、どんなことを学んだと思ってもらうために教師がそれをするかで、評価が全く変わってくるものだからです。

私は、そうした教師の「意図」を学びの哲学と呼んでいます。その実践にある哲学をふまえて初めて評価ができる、そう思っています。もちろん、教師の哲学の通りに学びが起きるとは限りません。でも、哲学がなくては教育の重要なポイント、いわゆる「コツ」を学習者に感じてもらうのは難しいのではないかと思います。だから教育者は、自分の中にあるそうした哲学に自覚的になり、そのうえで自己や他者の実践を考えていくことが必要だと感じるのですが、いかがでしょうか。

質問に対する回答と補足

今回発表時に3人の方からご質問をいただきました。ありがとうございました。以下簡単に、その時の私の回答も含めてまとめ、一部補足させていただきます。

Q:柔軟な実践力の段階2における「現実」というのは、PC環境のみを指すのか、他者からの要望・条件も含めた制約を指すのか、言葉の定義の説明がほしいです。
A:私の意図としては前者で、授業で使ったコンピューター環境と違う場合を考えていました。後者は段階3の「外的な評価」を指すつもりでしたが、考えてみれば段階2も3もつながっていて分けにくいですよね。段階で分けるのではなく、要素として2つあると説明した方が適切だったと今思いました。ありがとうございます。
Q:やっぱりまだ話が抽象的なので、具体的な実戦例がほしいです。
A:それはいつも言われることで、そう思われるお気持ちはわかるのですが、発表のなかでも述べた理由でここでは例は挙げられません。タダ、その話題について話したくないという気持ちはまったくありませんので、この後でも、メールでも、別の機会でも、そして私と誰かだけではなくみんなで相互に具体的な実践方法について意見交換ができればいいなと思っています。ご質問の回答になっていなくてすみません。
Q:こういう話を分かりやすいメタファーで出版してみてはどうか。
A:ありがとうございます。そう共感していただけることは大変嬉しく、何かの形でより多くの人に伝えられるのであれば積極的にやりたいといつも思っています。PCカンファレンスで毎年発表しているのも、そうしたことを問題提起の形でみなさんに投げかけ、何らかの動きが出てくるといいなという思いがあってのことです。ここにいるみなさんとの一期一会の機会を生かして、何かそうした形にできたらとても嬉しいですね。

謝辞

発表をお聴きいただいたみなさん、またこのページをご覧になってくださっているみなさん、本当にありがとうございます。みなさんのおかげで、今年も発表を無事に終えることができました。

「無事に」という点では、今回は機器のトラブルがあり、急なお願いにも関わらずノートPCをお貸しくださった、茨城工業高等専門学校の安西孝仁さんには大変感謝しています。あなたがいなければ、スライド無しで発表ということになっていました。またマイクの調整などに尽力してくださった会場スタッフの方々もありがとうございました。地声でいいですなんて勝手言ってすみません。みんなでセッションを作っていける嬉しさを実感しました。怪我の功名というヤツでしょうか。

予稿を事前に読まれた方がごくわずかであることを聞いておきながら、予稿に書いた話を発表時に丁寧に追わなかった結果、よりいっそう分かりにくい話にしてしまった点は、ちょっと反省しています。欲張ってはいけないですよね。もし資料等でわからない部分がありましたら、遠慮なくメールでお聞きください。

本音を言えば、私の発表などは文書で読めばいいだけで、限られた時間をみなさんとお話することに充てられたら、といつも思っています。私のこうした問題提起や視点の紹介が、みなさんの何らかの実践や思索にプラスに働くことがあれば、こんなに嬉しいことはありません。また機会をいただけたら、来年もこうした場で何かお伝えできればと思っていますし、みなさんもぜひ発信していただけたらと思います。

本当にありがとうございました。ではみなさん、近いうちにまたお会いしましょう!

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