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コンピューターとマジにつきあう日々。

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見積に象徴される愛のなさ

2008.08.03 9:23 pm

「相見積」「相見積(2)」(いずれも「株式会社日本情報化農業研究所、しゃちょうのにっき、かも日記。」より)を読んで、見積に関する日頃の思いがフラッシュバックしてきました。うーん。

上の記事の書き手である古荘さんも言及してますけど、発注側に見積を評価できる能力がないケースがあるんですよね。今までまともなサイト(サービス)を手がけたことがない組織だと、そういう可能性が高いと思います。さらに、発注側がきちんとプロジェクトの説明をしない(その必要性をわかっていない)ケースになると、なかなかに厄介。

発注側は「見積=制作会社にいくら支払わなければならないかの情報を得ること」だと考えているのでしょう。それは確かに正しい。でもその前に「そのプロジェクトの全体像をクライアント自身が見積もらなければならないこと」を忘れてはいけないのです。それをしっかり認識していれば、見積がいかに大変なことかわかるはず。

見積の話だけじゃないですけど、発注側にも受注側にもロクに愛情のないテキトーなプロジェクトが、世の中にいかに多いことか。そうやって生まれたつまらないプロダクトが世の中に溢れて、世の中がどんどんつまらなくなる。プロジェクトに対するポジティブな印象も薄れていく。何と悲しい時間とお金と熱意の無駄遣い。本当に残念。逆に良いプロジェクトが増えてくれば、世の中がプラスに回っていく可能性もあるというのにね。

category: 社会, Web業界

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