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コンピューターとマジにつきあう日々。

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そうそう、財産ですよぉ。

2008.11.15 4:28 pm

週末をまたいで4日間ほど香港に行っていました。日本語教育関連の学会で発表してきたのですが、おいしい飲茶の話とかも含めそこらへんの話は、また後日書くとして・・・帰国後は休みなく講師の仕事が続いたこともあり疲労はピーク。熱出して寝込まないようにするのが精いっぱいな日々でした。相変わらず体力がない。

この1ヶ月で結構いろんな人に会ってるのですが、なんかねー、その場で適当にお話ってのはできても、その後継続してちゃんとお付き合いするのって難しい。難しいっていうのは、自分がそういうお付き合いを望む姿勢でいても、相手が「そこまでの気なし」みたいなことが多いというか。間に合ってますということなのか、とにかく忙しいということなのか。あ、そもそも私が嫌われてるだけなんでしょうか(笑)

微妙に言葉にしにくい感情を抱えていたら、nekoさんが「出戻りぼやっき日記 - 財産ですねぇ。」で書いてたことが、なんか響いたので引用。

大人になると、本当にお友達ってできない、
というか、できづらいというか、
ある局面でしか付き合わなくていいから、
仕事とか、公的な部分での交わりがない限り、
基本的に、嫌なものはスルーできるじゃない。

そそ。スルー。「基本的にスルーが前提」みたいな接し方って普通なのかな、って思うわけです。スルー力って言葉もありましたよね。そりゃ、その方が面倒ごとに巻き込まれることもないですけど。無駄なエネルギーを使ったあげく傷ついたなんてこともないですけど。でもね、時には「スルーするのはもったいない」っていう人もいるんじゃないかと思うんですよ。そういう人を逃して平気なんだったら、社交の場なんて出てこなくていいじゃないっていうか、スルーじゃなくてアンテナ張って捕まえる準備するぐらいの前提の方がいいんじゃないのって。私はそう思うんですけどね。そう思って、名刺もらったんでメールで挨拶したら、華麗にスルーされたりするわけですけど(笑)

nekoさんは自分の好きな人に「尊敬できる人」と「ヒトとしてかわいい人(素直な人)」っていう2つを挙げてて、これは結構というか、超共感!(そういうのはめずらしい)。

私は人の好みとして「敬意」っていう言葉をよく使うんですが、これがカタイ言葉なので理屈っぽく聞こえるんですけど、要するに「ああ、この人のそういうところはスゴイなぁ」って思えることなんです。知識とか、発想とか、心の持ちようとか、それは何でもいいんですけど。それを持ってる人の話は、どんなテーマであれ響く中身があるというか、聞いていて楽しい。また折りに触れて話が聞きたいなぁって思う。だから、たまにでもメールができるような繋がりでいたいと思うわけです。

私はブログという媒体が好きで、チャットとかmixi日記とかtwitterのような短いテキストコミュニケーションは苦手です。ブログは書きっぱなしで双方向ではないと言われそうですが、長いテキストにはその人の内面がしっかり出てくるし、とりあえずそれを読ませてもらって、こっちもまとまった意見を投げれるような形が好きなんです。とりあえず挨拶みたいにコメントを寄せるのは苦手。

これって実際の会話でもそうで、どっちかが結構な量のことを語って、それをひとまずもう片方が聞いてコメントあるいは語り返して、みたいなことが私の場合多いんです。だからメールもブログも話も長くなる傾向にあるのですが・・・。

「かわいい」というのも大事な要素です。心のまっすぐさがないと、かわいいとは思えないですから。研究とか仕事とか遊びとかに対するひたむきな強さも心惹かれるんですけど、その隙間にのぞく素の部分、ちょっとしたギャップというか、つっこみたくなるような部分。そこの魅力が私も「かわいい♪」なんですよ(男ですけど)。nekoさんとは感覚が近いのかも?

別にいつも顔を合わせなくたって、それこそ年に1・2回のイベントの時ぐらいに話すような間柄でも、時間が許せばこの人とはちゃんとおしゃべりできるっていう確かな感覚を持てる人って、貴重じゃないかって常々思います。いざという時は相談できる、いつもはそれぞれの世界で互いに頑張ってる、そんな安心感。

普通は、そんな人たちとの出会いより、面倒な人間関係を避けることの方が優先されるのかな。でもそれは残念な気がする。どうなんでしょうね。

category: 社会

コメント (4件)

  1. こんにちは。
    今日、更新されている記事を読んで、ビックリしました。
    わわわわわたしのがァーと(笑)。
    でも、自分の思っていることに共感してくれる人がいたということに、喜びを感じています。
    また、私はhokutoさんのような文章表現力がないので、伝わったこと自体も嬉しかったです。
    そして、こちらにお邪魔して、ふと、「未来を信じなければ何も変わらない」をクリックしました。
    一度、読んでいるはずなのに、今日再び読み返したとき、勝手に励まされたような気分になっていました(笑)。
    ちょっと、意気消沈していたので。
    やっぱり、ブログって楽しいかも、と思いながら、このコメントを書いています。
    この偶然のタイミングに、今日は心から感謝です。
    ありがとうございます。

  2. nekoさんをご存じなんですか?
    実はnekoさんのブログでは「むらログ」を紹介してもらったことがあって、それからフィードリーダーに登録しているんです。
    世の中、狭いですねー。
    一度お会いしてみたいなあ。

  3. ああ、お知り合いってわけじゃないんですね。
    うちのブログ経由だったとは、ハズカシ。

    「料理ができる」と「コンピューターができる」の比較も、非常に面白かったです。「外国語ができる」も、「制約の中で自分の目的を達成することができるか」が問われる点で、まさに同じですよね。

    では!

  4. nekoさん
    ありがとうございます。自分の中では「未来を信じなければ何も変わらない」のエントリーと今回のは同じ思いが根底にあるものでして。批判や愚痴っぽさではなく前向きな姿勢を前面に出して書くにはどうしたらいいんだろう?と悶々としていたところに、nekoさんの言葉を見つけて、背中を押されたと勝手に解釈したというか(笑)。こちらこそ、ありがとうございます。いつも冒頭の写真もステキですよね。

    村上さん
    そうなんです。元をたどれば「むらログ」なんですよ。世の中どんどん狭くなっていきますね(笑)。「料理ができる」の話、読んでいただいてありがとうございます。おっしゃる通り「外国語ができる」というのもそうですね。「できる」というと何か自明で決まったことのように見ている人も多いと思うのですが、もっと多様で柔軟な見方ができれば発想も広がるんじゃないかと思いますね。

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