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コンピューターとマジにつきあう日々。

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デザインって「こなす」ものなのか

2007.10.26 9:30 pm

仕事紹介サイトとかで「ウェブデザイナー募集:案件多数でこなせなくなったので制作協力者を探しています」とかいう表現を見るたび思うのです。デザインは「こなすもの」なのか、と。

「仕事をこなす」という言い方は別にネガティブな言葉ではないし、デザインを別にいい加減に捉えているわけではない。それは単に言葉尻を捉えた揚げ足だ、と言われればそうかもしれません。でも言葉は感覚と連動しているというか、そうやって言葉を使っていると本当に「こなすもの」になっていく気がするんですよね。

デザイナーと呼ばれる人たちと話をしていちばん驚くのは、「デザインって何なのか」という問いに対して「いい加減な答え」しか返せない人が多い、ということです。確かにデザインという言葉は意味の幅が広いですし、答えは人によって様々でいいし、答えを常に模索していてきちんと答えられない、ということもあると思います。でも「見た目をきれいにレイアウトすること」とか「あんまり考えたことない」とかいう回答って、やっぱりどうなのかなぁって思うわけです。

案件に対する制作時間が短く、その対価も低い現代の制作事情を考えると、テンプレート的な業務を「こなしていく」要素は必要になってくるでしょう。でも本来のデザインの営みは、右から左にオートメーションではないはず。それにそうしたやり方では、一定以上の水準の価値は生み出せないと思います。

簡素化されたうわべのデザインが流通し、デザインが軽んじられ、デザインの持てる力は失われていく・・・そうなってしまえば、この世にデザイナーなんていらないわけです。それはすごく残念な世の中だと私は思います。

だから、デザイナーはデザインの意味を考え、世の中の認識を少しずつでも変えるようなことを実践していかなきゃいけないと思うんです。例え小さなことであっても。それが自分たちの地位向上にも当然つながるでしょうし、より一層デザインに挑戦できる環境になっていくわけですから。

昔読んだ本のインタビュー記事で、あるデザイナーが「デザインは人を殺すことができる」と話していたのを思い出します。重い言葉です。デザインの力を信じること。デザイナーに課せられた仕事のひとつではないかと、私は思っています。

category: 社会, Web業界

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