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無職だっていいじゃない:書評「はたらきたい。」

2008.04.09 12:09 am

「はたらきたい。」 の表紙画像ちょっと最近目を通していなかった「ほぼ日」ですが、知人が話題にしていたのでこの本を買って読むことに。ほぼ日の就職論「はたらきたい。」です。電車での移動のなか一気に最後まで読んでしまいました。就職活動マニュアルにはない、リアルで、でもほんのり希望の匂いのあるいい本でした。情報過多の時代にこそ、人の様子や基準に振り回されず、自分のことを自分に正直なスケールで考えること。それが大切な選択を後悔せずに行えるポイントなのかなと感じました。就活中の人だけでなく、いろんな人に読んでもらいたい本です。

個人的には、板尾創路+ピエール瀧+天久聖一+浜野謙太の自由業4人組の座談会が面白かったです。4人で「ザ・グレイト・フリー」。いいなぁ、そういう名前。フリー、つまり無職ということ。その言い切りが気持ちいいです。板尾さんの

毎日やっていることに、何の保証もついていないので、要は、ほんとうに無職です

という言葉が特に印象的でした。そっかぁ、自分のしていることに外部の保証があるというのが、職があるということなんですね。その保証って、考えようによっては実に薄っぺらいものではあると思いますが、それがないことで貼られる「無職」のシールによって、結構肩身の狭い思いをしてるんだなぁと改めて実感しました。いや、他人事のように書いてますけど、私も無職ですもんね。

板尾さんやピエール瀧さんが今の状況になったのには「なりゆき」の部分が大きいということが語られていますが、最初から自分の中で確固たる「やりたいこと」があるケースって、そんなに多くないんじゃないかと私も思っています。なりゆきというか、偶然の要素がすごく大きい気がするのです。

私が大学で日本語学を学ぼうと思ったのは、昔から言葉というものに興味があって、自分が使える言語は日本語だけだったからです。これは結構自分のやりたいことに基づいていますけど、大学4年生の時には出版社の就職を目指してました。これは雑誌が作りたいという理由なのですが、これは何となく面白そう、他はよく知らなくて面白くなさそう、的なイメージで決めただけのことです。確固たるものとか特にありませんでした。実際就職活動中に、日本語の教育機関でバイトしてみない?という誘いが大学院の先輩からあった時、しばらく考えて、出版社の面接に何となく通りそうな気がしない、という直感だけで就活をやめました。今思い返しても、理由はその直感だけです。

大学院に進んで、論文というものを書いてみて、日本語教師の仕事もしてみて、これを自分の一生の仕事にする覚悟がどうしても持てませんでした。教育実習で感じた学校文化のクローズドな雰囲気も好きになれず、高校の国語教師の道もやめました。「自分は何がやりたいか」を探しあぐねる修士2年目は、今思い出すのも辛い時期です。就職活動の時期も過ぎてしまうと、もう退路がないので、無職の道へまっしぐらなわけです。でも、無職になることの怖さより、自分のしたいことが見つからない焦りの方がずっと強かったです。それは最終的に親に頼れるという環境への甘えから来ているのかもしれませんが、自分の好きなことや興味があることから「やりたいこと」を探すのは困難でした。

いま、Webデザインの仕事をしながら、現場の情報教育に意見を言っていく、という活動をしています。そうなった理由は「好きだから」ではなく「お前はそれをすべきだと誰かが言ったような気がした」からです。偶然、Webサイトの制作で困っている教育現場の人を見て、自分が制作者と現場をつなげるべきではないのか、と思いました。偶然、情報教育のカンファレンスにふらっと参加して、そこの場の主流の意見に納得がいかなくて「これは俺が何か言わないといけない」と思い込んでしまいました。別に前からそんな問題意識を強く持っていたわけではなく、偶然のイベントにそう思い込んでしまったのです。それは自分への自信からというより、何か決めなければいけないという現実に対して、答えとして自分が納得できるようなモノがほしかったからのように思います。踏ん切りがつけられる何かが欲しかったんです。もしかしたら、踏ん切りをつけさせる何かって、実際は何でも良かったのかもしれません。しかも、その踏ん切りのきっかけは、偶然のイベント。自分の中にないもの。22年生きてきて、デザイナーとか私の職業候補には全くなかったですから。

自由業って、自由そうでいいなあ、と思われがちですけれども、結局みんな、ちゃんと責任感はあるんです。ですから、もしも自由業でやっていきたい人がいるんだったら、自分で何とか役割を持って、やったらいい。そして野たれ死んだらだらいい。(「はらきたい。」より)

きっかけは偶然。きっかけはなりゆき。でもいざ仕事を始めたら、自分で自分を支えていくしかありません。全部自分に跳ね返ってきます。そして自分の行動を自分で決めるだけの納得を積み重ねていかないと、何より自分がつらい。支えるエネルギーは、そのなりゆき、根拠のない使命感。そして仕事をしていくなかで見つけていく楽しさ。

会社員だって、自由業と同じところも実は多いんじゃないかなと今は思います。私は会社員の経験がないですけど、スタートはやっぱり偶然もあって、でも仕事をしていくなかで、自分と楽しく苦しく折り合いをつけていく。無職だって、無職じゃなくたって、同じ。職業というのはその程度のものなのかなと思います。

と、そういうことをつらちらと考えてしまう、いい本でした。

category: 社会, 書評

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