with Computer 2nd

コンピューターとマジにつきあう日々。

Go to Navigation

「わからない」でOKなこと、そうでないこと

2008.06.04 6:33 pm

とあるWeb制作者向けメールマガジンの制作事例紹介の一文。

クライアントである日建連の担当者は50代男性だったそうですが、コラージュによるクールなデザインを見て一言、「(良さが)わからない。でも、若い世代に向けたサイトなのに、私がわかってしまったらいけないでしょうね」とおっしゃって一発OKが出たそうです。ものづくりの現場を知る人だからこその、素敵な言葉ですよね。感激してしまいました。

いわゆる美談として紹介している意図は汲み取れるのですが、どうも引っかかります。このクライアントは、納品物を自分で評価できないと言ってるわけですよね。良いかどうか分からなくても仕事としてOKになるのなら、何を納品しても良いことになるし、納品物の評価基準なんて最初からない、ということになるんじゃないかと思うわけです。「一発OK」ということは、担当者は(納品物を正当に評価するための)理解に必要な説明を受けるまでもなく合格のハンコを押したということにも見えます。そんなんでプロモーションの結果に対する責任を取れるのでしょうか。仕事ってそんなもの?

一般に、デザインに対して勉強もしてないし理解もない上司がデザインについてわかったようなダメ出しをするのは悪でしかない、というのはわかります。実際よくある話ですし、私もそう目にも遭ったことがあります。でも、だったらクライアントはデザインについて素人なんだから黙ってOKを出すもの、とまでは言えないでしょう。何でも制作者の言いなりになることが「ものづくりの現場を知る人の」正しい振る舞いだとは思えません。クライアントは、そのデザインが生み出す結果を評価する立場にあるわけですから、任せるところは任せつつも、議論できる領域では制作者とガンガンやらなきゃいけない。多くの場合、その「議論できる領域」が狭すぎてうまくいかないのでしょうが、理想を言えば、クライアントは制作過程の中でその領域を広げていくような勉強をしないといけないし、逆に制作者側もクライアントの領域を学んでいかないといけない気がします。

おそらく、このクライアントと制作側とには、デザインを評価する領域をきちんと共有した状態にあったのでしょう。そのうえで、良さがわからないと感じるような部分は制作側の判断能力を信頼した、ということかと思います。でもそれならば(紙幅が足りないとはいえ)その共有領域や信頼の理由を言及してほしかったです。そこが読者にきちんと伝わらないと、ともすれば「文句を言わないクライアント」をただ評価しているような感じを与えかねない気がするのです。いい加減なクライアントは多いですが、いいかげんで勘違いしてる制作者だって多いんです。

あと、50代の自分は若者の感覚はわからない、として終わってしまっていいのかどうか。確かに全てがわかるとは言いませんよ。でも、このサイトって広い意味でのリクルート目的に作られたもので、会社としては若い人(新入社員)の心を理解していかないといけないはず。若い人の感性を制作過程で勉強する必要だってあるんじゃないかと思うんです。「私がわかってしまってはいけない」というほど、感性とは世代で完全に隔絶された理解不能なものなのでしょうか。

このサイトや特定の企業を批判するつもりはないのですが、クリエイティブという名のもとに、制作側の独りよがりなプロダクトが過剰に称賛され、その評価にクライアントがうまく絡めていないケースが多いような気がします。特に雑誌が取り上げるような大企業のブランディングサイトなどに。それだけに、あっさり「素敵」「感激」と書かれているのを目にすると、いろいろと穿った見方をしてしまうのでした。

category: 社会, Web業界

コメント

コメントする

管理人にのみ公開されます