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血液型性格占い 考

2008.06.06 9:33 pm

世間ではB型の性格診断の本が流行っているようです。また来たか血液型占い!

私は血液型占いも星座占いも動物占いも厄年云々の話も、ほとんど興味がない人です。占いの雑誌特集とかテレビ番組もまず見ません。友達にいろいろ言われても、すぐ忘れてしまいます。

私と同じように占いに無関心な人って、私の経験上ですがすごく少ないです。女性は特に少ない。人と親しくなる過程で血液型って必ずと言っていいほど聞かれるので、いつしか「なぜこんなに血液型性格占いをみんなネタにしたがるのか」と考えるようになりました。それに対する今のところの私の結論は「パターンが4つしかなくて、誰もが意識する性格にフォーカスを当てたもので、しかも扱いやすい話のネタだから」です。

パターンが少ないということは、覚えやすいということです。これが何十個もあって個々の名前が覚えにくかったら、絶対こんなに普及しないでしょう。そう考えると、動物占いは賢い。動物の名前だったら人の分まで覚えていられる。前提知識としてみんなで共有できていれば、いちいち説明する必要がないわけです。

そして「性格」を4つに分けているところがポイント。私はA型で、よく「あー、やっぱり。A型っぽいもんね」と言われます。例えば、慎重派だとか、神経質だとか。ふーん、そうかな、とか適当に返してますけど。その反応を見た人は時々「人の性格をたった4つに分けるのが横暴だって思ってるんでしょ」とか聞くのですが、そうじゃないんです。数の問題ではなく、表現の問題。どんな表現であれ、人の行動や考え方全部を1つの切り口でまとめること自体に、微妙なところがあると思ってるんです。

例えば神経質な性格っていったって、すべての行動において人より極端に神経質なのかというと、そういう人は少ないと思います。仕事ではすごく当てはまるけど、趣味ではそうでもないとかいった人もかなりいるんじゃないかと。私だって、細かいことを考える部分がある一方で、大雑把でどうでもいいと考える部分もいろいろあります。部分的には神経質。その部分が全体のどの程度かは、人それぞれ、考え方それぞれ。それなのに「A型的性格」と片づけてしまうわけですよ。

それに、「神経質」という言葉が指す意味にも広がりがあって、全然ピンポイントじゃないわけです。広すぎる対象にイメージが曖昧な言葉を重ねても、どれぐらい重なってるかなんてよくわかりません。血液型占いは「A型的な性格」という、さらに共通イメージの少なそうな言葉をあてるのだから、その傾向はより強い気がします。

だいたい「あなたはA型らしい性格ね」って指摘しますが、他人がその人の行動や考え方をどのくらい知っているのでしょうか。自分の知ってるごく一部の側面を取り出して、そこに感じられる共通点を1つの言葉で表現してみる。それに、表現された言葉自体、たいして厳密な言葉でもない。そんなアバウトなものだから「(広くそう思おうとすれば)そうなのかな」みたいな感じで受け止められるし、その視点で意識的に物事を見ていけば、なんとなくそう解釈もできるわけです。たとえ、そんなこと言われなければ普段何とも思ってないような、どちらにも偏りの少ないものであっても。

さらに、もし相手が全くA型っぽくない性格(だと自他共にはっきり意識してる状態)であっても「あなたA型なのにA型っぽくないよね」という結論で話がスムーズに流れてしまうところが大きいです。「血液型占いなんてあてにならない」という笑い話にはなっても、占いの信憑性を深く言及して熱くなることは普通ないわけです。盛り上がらないけど極端に険悪なムードにもならずに次の話に流れる、というわけです。つまり、話に失敗が少ない。

知識の共有度が高く説明いらずで、相手のことをよく知らなくても気軽に口にでき、その信憑性を強く問われることもなく、またお気楽な話題という意識も手伝って、話はスムーズに流れていく。雑談としては非常に優秀なネタなわけです。そりゃみんな口にするわな。

ただ、血液型性格占いの厄介なところは、みんながあまりにお手軽に口にするがゆえに、「誰に対して使っても心を傷つけない」と思ってしまいがちなところです。私個人としては聞かれようがどうでもいいのですが、人によってはそのネタが嫌いな人もいるでしょう。無邪気に人を傷つけていることに、なかなか気付きにくい気がするのです。

考えてみれば、本来デリケートな話題でもある性格を扱っているわけです。件の神経質という言葉だって、あんまり面と向かっては言わない言葉でしょう。場合によっては、すごく非難されたようにも感じるはずです。一般に性格に言及するなら、もう少し相手や状況に合わせた、話し手のセレクトした表現を使う気がします。私だって「お前って神経質やなぁ」って言われたらドキッとしますよ。私が聞くなら「結構、いろいろこだわるタイプ?ちょっとしたこととか・・・」みたいな表現を考えますよ。相手の様子を窺いながらね。ところが「A型って感じだよね」と言われると、なんとなく軽くて曖昧な印象で、言われたほうもダメージが少なく、言うほうのリスクも小さい・・・気がするのです。あくまで「気がする」のです。だって、性格を斬っているのには違いないのですから。

昔、仕事相手として紹介された人に、出会ってすぐ血液型を聞かれたことがあります。私はいつも最初に血液型を聞くの、と言っていましたが、私もさすがに良い気分ではなかったです。こういう人は極端な例だとしても、占いだと言って人の性格を軽い言葉で斬るということは、余りルーズな感覚でやるものではないのかな、という気が個人的にはしています。

こんなこと書くと「だからお前は頭が固くてノリが悪い」とか言われそう。でもね、考え方とか行動の根底にあるものって、コミュニケーションの大事な要素だからこそ、そこにアクセスする言葉は借り物ではいけないと思うんですよ。一般によく言われることとか、誰々の占いの本に書いてあったとか後で言っても、いったん受けたショックはフォローしにくいものなんですよ。

そんなわけで、血液型性格占い、私に言うのは構いませんけど、私は人に言わないようにします。

category: 社会, 書評, 些事

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